阿蘇・烏帽子岳。その名前を聞いたとき、私はなぜかすぐに行こうと思った。理由なんてない。強いて言えば、名前が格好いい。それだけだ。
烏帽子というのは、平安貴族や神職が頭に被る、あの黒くて縦長の帽子のことだ。山の形がそれに似ているからそう呼ばれているのだろうが、実際に見てみると「そうかな?」という気持ちになる。まあ、山の名前というのはだいたいそういうものだ。富士山だって、麓から見たらそれほど富士っぽくない。いや、富士っぽいとはどういうことかわからないけれど。
とにかく、私は阿蘇の烏帽子岳へ朝駆けに行くことを決めた。
その前夜、私は長湯温泉に立ち寄ることにした。
長湯温泉療養文化館御前湯。名前が長い。ただそれだけ長い名前を持っているからには、それなりの覚悟と自信があるのだろうと思った。そしてその予想は正しかった。
私が長湯温泉に行きたいと思っていたのはもうずいぶん前のことで、なんとなく行く機会を逃し続けていた。行こうと思えばいつでも行けるのに、行けない場所というのがある。近すぎるからか、あるいは心のどこかで「まだいい」と思っているのか。人間の先延ばし癖というのは、温泉に対しても発揮される。
御前湯に浸かった瞬間、「なぜ今まで来なかったのか」と思った。これも人間の癖だ。行ってみて初めて後悔する。行ってみて初めて感謝する。炭酸水素塩泉の湯は柔らかく、肌に馴染んで、旅の疲れを取るというよりも、これから始まる夜の道行きに向けて体を整えてくれるような感覚があった。

近くに寄った際は、ぜひ立ち寄ることをお勧めする。営業は21時までなので時間には注意が必要だ。ただ、すぐそばにある道の駅「ながゆ温泉」の駐車場は24時間使用可能で、トイレも完備されている。温泉に入って、そのまま車中泊して、翌朝に九重や阿蘇の山へ向かうというプランは、我ながら相当に良いルートだと思う。誰かに話したくなる旅程というのは、だいたいこういうふうに偶然できあがる。
草千里ヶ浜の駐車場に着いたのは深夜だった。
あたりは静まり返っていた。阿蘇の夜というのは本物の暗さで、空には星が出ていて、それはそれで悪くない光景だったが、私はとにかく眠かった。温泉でほぐれた体は、もうすっかり就寝モードに入っていた。シートを倒して目を閉じると、すぐに意識が沈んでいった。

草木も眠るころ、私は目が覚めた。
草木も眠るころというのは夜中の2時か3時のことだが、こういう表現をするとなんとなく詩的に聞こえる。実際のところは、アラームが鳴って、しばらく現実を受け入れられずに天井を見つめていただけだ。真っ暗な車内で、自分が今どこにいるのかを確認するのに数秒かかった。阿蘇だ。そうだ、烏帽子岳に登るんだった。
準備をして、ヘッドライトをつけて、いざ出発しようとしたところで最初の問題が発生した。
草千里の中を突っ切れば烏帽子岳へ最短距離で向かえるのだが、入り口に立て看板があった。夜間は馬が放牧されており、柵の中に入ることは禁止されている、という内容だった。
馬。そうか、馬がいるのか。
草千里には観光用の乗馬体験があるのは知っていたが、夜はそこで馬が放し飼いになっているとは考えていなかった。昼間の観光地が夜は馬の寝床になっているというのは、なかなかダイナミックな運用だと思う。
立て看板の前で少し考えた。地図を確認すると、烏帽子岳を正面に見て左側、草千里駐車場東登山口から迂回して登るルートがあることがわかった。距離は少し伸びるが、規則は規則だ。馬の寝床を荒らすわけにはいかない。私は迂回することにした。
ヘッドライト一つを頼りに、真っ暗な道を進んでいく。
夜の山というのは独特の空気を持っている。昼間は当たり前に見えていたものが何も見えなくなって、代わりに音と匂いだけが際立ってくる。草の匂い、土の匂い、どこかから漂ってくる動物の気配。足元だけを照らしながら歩いていると、視野が狭まった分だけ感覚が研ぎ澄まされていく気がした。
しばらく歩いたとき、暗闇の中に大きな塊があることに気がついた。
動いていない。岩か何かかと思ったが、岩にしては輪郭が妙に有機的だった。足を止めてヘッドライトを向けると、それは馬だった。
寝ている。

柵の外だったが、馬は草千里一帯を行動範囲にしているらしく、迂回路の近くにも出没するようだった。寝ている馬の横を、私は息を潜めながら通り過ぎた。起こしてはいけないと思って、できるだけ静かに、できるだけ自然に、まるで何事もないかのように歩いた。
通り過ぎた直後に、後ろで気配がした。
振り返ると、馬が首だけを起こして、こちらを見ていた。
目が合った。真っ暗な中でヘッドライトの光を反射した馬の目が、静かにこちらを見ている。馬の目というのは大きくて、夜だとひどく幻想的な光り方をする。私はその目を見て、内心かなりドキドキしながら「おはようございます」とも「失礼しました」とも言えずに、ただ会釈をして立ち去った。
後で考えると、馬に会釈をしたのは生まれて初めてだった。いや、おそらく最後でもあるだろう。
烏帽子岳の登山道は、緩やかな斜面が続く、歩きやすいコースだ。
真っ暗な中を一人で登っていくのは孤独と言えば孤独だが、私はわりとこの時間が好きだ。誰もいない山の中で足を動かしていると、頭の中がきれいになっていく感覚がある。日常の雑音が遠のいて、呼吸と足音だけが残る。こういう瞬間のために朝駆けをやめられない。
登っていくにつれて、ミヤマキリシマの香りがしてきた。
ミヤマキリシマはツツジの仲間で、九州の高山に咲く固有種だ。淡いピンク色から濃いマゼンタまで、花の色には幅があって、群落になると山肌が一面染まったように見える。阿蘇の烏帽子岳周辺もミヤマキリシマの名所として知られており、シーズン中は多くの登山者が訪れる。
綺麗な景色だなぁ、と思おうとした。
真っ暗で、何も見えない。
花の香りはする。存在はしているはずだ。でも目には何も映らない。ヘッドライトで足元を照らしながら歩いているだけなので、ピンクの群落も、広がる草原も、何もかもが暗闇の向こうに消えている。
「ああ、昼間に来るべきだったな」
そう思った瞬間、駐車場にあれほど多くの車が停まっていたのに、誰一人として朝駆けしているものがいなかった理由をようやく理解した。彼らは正しかった。ミヤマキリシマを見るためにやってきた人々は、朝駆けなどせずに、明るい時間にのんびり登るのだ。当たり前の話だ。夜の山でミヤマキリシマを愛でようとするのは、暗い映画館で絵画を鑑賞しようとするようなものだ。
わかっていれば昼間に来た。だが朝駆けをしたかった。これは矛盾ではなく、欲張りというものだ。
山頂に着いたのは夜明け前だった。
風が少しあって、草原の上を渡ってくる空気は冷たかった。体を動かしてきた後のその冷たさは心地よく、額に滲んだ汗を乾かしながら私は東の空を眺めた。
最初は何もない暗さだった。それが少しずつ、本当に少しずつ、下から明るみを帯びてくる。黒が紺に変わり、紺が青に変わり、青が水色になり、水平線の近くだけがじわじわとオレンジ色に滲んでいく。
この変化を見るために、私は毎回夜の山を登っている。
朝駆けというのは、夜が朝に変わる瞬間を、山の上で迎えるための行為だ。平地でもその変化は起きているのだが、山の上で見ると何かが違う。空が広くて、遮るものがなくて、時間の動きがはっきり見える。今まさに世界が一日を始めようとしている、その準備の過程を目撃できる気がする。
阿蘇の夜明けは、奥行きがあった。

南外輪山の稜線が黒いシルエットとして浮かび上がり、その向こうに光が溜まっていく。根子岳の鋸歯状の山頂が空に刻み込まれて、夜明けの空の色と対比を作っている。カルデラの巨大さが、明るくなっていくにつれてじわじわと実感されてくる。阿蘇という場所の規模感は、広い空の下でないと感じられない。
十分に明るくなってから下を見ると、ようやくミヤマキリシマが見えた。
見頃はピークを過ぎていた。花が終わりかけているものも多く、盛りの時期の鮮烈さはなかったが、それでも残った花が斜面に点々と咲いていて、朝の光の中でひっそりとしかし確かに色を持っていた。盛りを過ぎた花には、盛りにはない静けさがある。派手さではなく、余韻のようなものが残っている。それはそれで悪くなかった。
下山を始めたころ、これから登ろうとしている年配の方とすれ違った。
登山道で人とすれ違うとき、たいていは軽く会釈をして通り過ぎるだけだ。でもそのときは、なんとなく足が止まった。お互いに少し話をした。
岩手から来たのだという。
今年の3月、大分のいくつかの山を登ったのがきっかけで、九州の山の良さにすっかり魅了されてしまったらしい。ミヤマキリシマの時期に合わせて、また来たかった。そう言って、目を細めた。
「大分の山は本当に良いですね。」
その言葉を、少なくとも三度は繰り返されたと思う。
私は福岡に住んで、九州の山々を登り続けている。由布岳、祖母山、霧島、それから九重の山々。当たり前すぎて、普段はその「良さ」をあらためて考えることが少なくなっていた。好きなのは間違いない。でも好きすぎると、当たり前になってしまうことがある。
岩手から来た方が、大分の山は本当に良いと何度もおっしゃる。遠い場所からやってきて、もう一度来るために時期を選んで、それほどまでに心を動かされた山がある。その事実が、私にとっての九州の山々を、もう一度新鮮に感じさせてくれた。
「お気をつけて。」と言って別れた。その方は登り始め、私は下り始めた。登山道ですれ違う人というのは、名前も知らないまま別れる。でも短い言葉の中に、その人の山への気持ちが詰まっていることがある。岩手から来た年配の方が、この日の烏帽子岳で見るミヤマキリシマを、どんな表情で眺めるのか、私には知るすべがない。でも、きっと良い顔をするだろうと思った。
今年のミヤマキリシマは、烏帽子岳ではすでにピークを過ぎていた。
九州で今、見頃を迎えているのは万年山だという話を聞いた。そのあとは6月を過ぎたあたりから、九重の平治岳や大船山が染まり始める。毎年のことながら、この時期の九州は山から山へと花を追いかけることができて、それが楽しい。
再来週あたり、平治岳か三俣山に行こうと思っている。今度は昼間に、ちゃんとミヤマキリシマを見るために。
朝駆けはまた別の機会に。
烏帽子岳は、そう難しい山ではない。標高1337メートル、コースタイムも短く、体力的にきつい場面もほとんどない。アクセスも草千里ヶ浜の駐車場から歩いてすぐで、観光で阿蘇を訪れた人でも気軽に登れる。
でも、山の価値は高低差や難易度だけで測れるものではない。
朝駆けで見た夜明けの空と、馬の大きな目と、岩手から来た年配の方の言葉。それから、ピークを過ぎたミヤマキリシマの静けさ。そういうものが、烏帽子岳という山の記憶として私の中に残っている。
登った山というのは、登った日の自分の状態と一緒に記憶される。体がどれほど疲れていたか、天気はどうだったか、誰かと話したか、一人だったか。山そのものよりも、そのときの自分の断片が、山の名前とともに蓄積されていく。だから登山をやめられない、というのは少し大げさかもしれないが、あながち嘘でもない。
烏帽子岳は、私にとってそういう山になった。
また行くだろうと思う。次は昼間に、ミヤマキリシマを目に焼き付けるために。
もしこの記事を読んで阿蘇の烏帽子岳が気になった方は、ぜひ草千里ヶ浜の駐車場を起点に登ってみてほしい。朝駆けをするのであれば、夜間は草千里の中を通り抜けることはできないので、東登山口からの迂回ルートを使うことになる。暗い中で馬と目が合っても、慌てないこと。彼らは害のある生き物ではないし、こちらが静かにしていれば向こうも静かにしている。
長湯温泉に立ち寄れるなら、ぜひ立ち寄ってほしい。御前湯の湯は本物だ。
そして、どこかの登山道で岩手から来た年配の方とすれ違うことがあれば、少し立ち止まって話を聞いてみてほしい。遠くから来た人の目には、地元の人間が見落としているものが見えていることがある。
山というのは、登った人の数だけ違う山になる。
あなたの烏帽子岳が、どんな山になるか楽しみにしている。


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