去年の12月、英彦山の本宮が改修工事を終えたというニュースを目にした。あの山頂の社が、どんな姿になったのか。それを確かめたいという気持ちが、ずっと頭の端に引っかかっていた。
登山の動機というのは人それぞれだ。絶景を見たい、体を鍛えたい、精神を磨きたい。私の場合はシンプルに「新しくなった本宮が見たい」というものだった。深みのかけらもないが、それが本音だ。祝日の朝、曇天の空の下、奉幣殿から足を踏み出した。
英彦山とはどういう山か
英彦山(ひこさん)は、福岡県添田町と大分県中津市の県境に位置する、標高1,199メートルの霊山である。
単なる山ではない。かつては「日本三大修験道」のひとつとして全国に名を轟かせ、最盛期には2,700もの坊が軒を連ねていたという。現代の感覚で言えば、山ひとつが宗教都市だった。修験者たちはここで修行を積み、山の霊気を体に刻み込んで各地へ散っていった。
英彦山の名前の由来は「日子山(ひこさん)」、すなわち太陽の子の山。名前からしてスケールが違う。
なぜ英彦山には天狗がいるのか
参道を歩くと、巨大な天狗像に出くわす。翼を広げ、睨みを利かせた石像が三体。初めて見た人間はたいてい一瞬足を止める。私も止めた。
天狗と英彦山の関係は、修験道と切り離せない。

修験道とは、山岳を舞台とした日本独自の宗教実践で、仏教・神道・道教・山岳信仰が複雑に絡み合ったものだ。その担い手である山伏たちは、山の中で厳しい修行を重ね、超自然的な力を身につけようとした。断食、水垢離、断崖での瞑想、滝行。現代人が一日で音を上げるような行為を、彼らは日常として積み重ねた。
天狗はその修験道において、山の霊的守護者として位置づけられている。山伏の姿——高下駄、羽団扇、長い鼻——は天狗そのものであり、山伏が修行の果てに天狗になるという伝承もある。つまり英彦山の天狗像は、単なる装飾ではない。あれは、この山で修行を重ねた無数の山伏たちの、変容した姿だと言っていい。
足元に赤いだるまが所狭しと並べられているのは、参拝者が願をかけて奉納したものだ。天狗の視線の先には、その小さな赤い祈りが何百と積み重なっていた。
本宮の扉が開いていた

中岳山頂に近づくにつれ、木の香りがうっすらと漂ってきた。遠目に本宮の屋根が見える。木の色が明らかに新しい。改修が終わったばかりであることは、嗅覚と視覚が同時に教えてくれた。
祝日だったためか、本宮の扉は開いていた。中まで拝観できた。
内部に踏み込んだとき、「ああ、来てよかった」と素直に思った。新しい木の質感と、山頂の冷たい空気と、静けさが混ざり合って、妙に厳かな気持ちになる。観光でも登山でもない、何か別の感覚がそこにあった。
そしてふと思った。この本宮を修繕するために、いったい何をどうやって山頂まで運んだのか、と。
富士屋の店主が教えてくれたこと

下山後、富士屋という土産物屋に立ち寄った。緑白のストライプのひさしが目を引く、いかにも老舗という風情の店だ。菓子、漬物、土産物が所狭しと並んでいる。
店主は初老の男性で、立ち話の間も英彦山のことを丁寧に語ってくれた。この人は英彦山が好きなのだなと、話しぶりからわかった。
頭にあった疑問を口にしてみた。「山頂の本宮の工事、どうやってやるんですかね。車両も入れないでしょうし」と。
店主は少し笑いながら答えてくれた。
まず山頂まで工事用のケーブルを設置する。人が乗れるスペースと資材置き場をそのケーブルに確保して、山頂まで運び上げる。重量物にはヘリコプターを使う。
聞いた瞬間、霧が晴れるような感覚があった。なるほど、ケーブルか。言われてみれば当たり前の話だが、自分では思いつかなかった。工事が始まる前に、すでに工事をしているような規模の話である。
「ヘリで運ぶんですか、あの細い木材も全部」と聞くと、「重いものはそうやね、軽いものはケーブルで」と答えてくれた。何の気負いもない、ただ知っていることを話してくれているという感じの答え方だった。
話していると、部活の練習らしい生徒たちが汗だくで下りてきた。彦山神宮の階段を往復して走っているのだろう。息を切らしながら「お茶もらっていいですか」と店主に声をかけた。
店主が「いいよ」と言って冷たいお茶を差し出すまでの速さが、妙に印象に残った。考えた形跡がなかった。「どうぞ」でも「待って」でもなく、「いいよ」。それだけだった。まるで聞かれる前から渡す準備ができていたような自然さだった。
私もピンバッジを一つ選んでレジに持っていった。するとお釣りと一緒に、缶バッジを差し出してくれた。「これ、私の気持ちです」と言いながら。
財布から出てきたのは小銭だったが、渡されたのは気持ちの方だった。英彦山のピンバッジより、この缶バッジの方が重い。そういうことが、旅にはある。

下山後のカレー
下山後にHIKONIWA(ひこにわ)というカフェに入ってカレーを食べた。
地元産の大きな椎茸がスライスされて存在感を放っていた。スパイスはしっかり効いていて、それでいてくどくない。山を歩いたあとの空腹が後押しするとしても、差し引いて考えてもうまかった。椎茸の香りとスパイスの香りが、妙に相性よく収まっていた。
山の近くにある飯というのはなぜ正直なのか。観光地価格でも登山仕様の過剰演出でもなく、ただ「おいしいものを出す」という一点に向かっている感じがする。HIKONIWAのカレーはそういう飯だった。
英彦山登山の基本情報
英彦山のコースはいくつかあるが、今回歩いた中岳・南岳コースは奉幣殿を起点に往復3〜4時間程度。危険な箇所は少ないが、岩場が続く区間では足元の集中が必要だ。
登山口近くには駐車場があり、英彦山神宮の参道はスロープカーでも上ることができる。山頂の本宮は祝日や行事の日に扉が開かれることがある。これは行ってみないとわからない類の運で、その日に居合わせた者だけに許される体験だ。
もし英彦山に登るなら、下山後の富士屋には立ち寄ることをすすめる。土産を買うためだけではなく、この店主と少し話すためだけでも、寄る価値がある。

あとがき
英彦山に登ったことがある方に、少し聞いてみたい。山の途中や下山後に、予想外の出会いや会話はありましたか。計画に書いていなかったことほど、なぜか長く残る気がします。よければコメントで教えてください。


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