「このりんご、甘いですか?」
青果売り場に立っていると、一日に何度もこの質問をもらう。
甘いか甘くないか。硬いか柔らかいか。酸っぱいか酸っぱくないか。
シンプルな問いだ。でも、棚に並ぶりんごの品種が5つも6つもあると、頭の中でだんだん情報が混線してくる。「サンふじはたしか甘めで…ジョナゴールドはちょっと酸っぱかったかな…王林は香りがよくて…」
自分の経験と勘で乗り切ってはいるものの、どこかいつも、もやもやが残っていた。
りんごを「ちゃんと知ろう」と思った日
ある日、常連のお客さんに言われた。
「ジョナゴールドって、どこの国のりんごなの?」
答えられなかった。
産地は知っている。味も知っている。でも「どこで生まれた品種か」なんて、考えたこともなかった。帰宅してスマホで調べると、アメリカのニューヨーク州農業試験場で1943年に生まれた品種だとわかった。親は紅玉とゴールデンデリシャス。だからあの甘酸っぱさとコクは、紅玉の血筋なのか、と妙に腑に落ちた。
こういうことを、もっとちゃんと知りたい。
そう思ったとき、ふと頭に浮かんだのがAIだった。
「AIって、難しそう」という先入観を捨てた話
正直に言う。
つい最近まで、AIというものを「プログラマーやエンジニアが使うもの」だと思っていた。コードを書いたり、複雑な設定をしたり、そういう世界の話だと。
でも実際にやってみたら、ちがった。
Claudeというチャット型のAIに、最初にこう打ち込んだ。
「りんごにはいろいろ品種があり、お客様によく甘いの硬いのなどと聞かれることが多いです。りんごをいろいろリサーチしてまとめてもらいたいのですができますでしょうか」
それだけ。敬語で、普通の言葉で、思ったままを打ち込んだだけだ。
返ってきた内容の量と精度に、正直、驚いた。甘さ・酸味・硬さ・果汁が5段階で整理され、旬の時期、産地、お菓子向きか生食向きか、お客様への一言コメントまで揃っていた。「こんな方におすすめ」という案内文まで自動で作ってくれた。
欲が出た。今度はこう追加した。
「ジョナゴールドやその他の品種もリサーチして表にまとめてもらいたいです。あとそれに伴ったグラフなんかもできたらいいな」
「グラフなんかもできたらいいな」という、ふわっとした一言で十分だった。品種ごとの味の違いを視覚化した散布図と、品種をタップすると詳細が展開するレーダーチャートまで出来上がった。インタラクティブに動く本格的なアプリで、スマホで操作しながらお客様に見せることができる。
さらにもう一歩踏み込んで、こうお願いした。
「りんごの品種とそれぞれの特徴をより深く追求して詳しく解説して」
返ってきたのは、品種の誕生の歴史から、蜜の正体がソルビトールという成分であること、品種改良には20年以上かかる場合があること、産地の寒暖差が甘さを左右することまで、まるで専門書を一冊読み終えたような情報量だった。
料理でいうなら、食材を渡したら勝手に献立を考えてくれる、そんな感覚だ。
「自分にはできない」と思っていた、あの頃の自分へ
ここで少し、正直に話をしたい。
最初の一文を打ち込む前、実は10分くらい迷っていた。「こんな素人みたいな質問して、おかしくないかな」と思っていたのだ。文章が雑だったら怒られるんじゃないか、とさえ思っていた。
でもAIは怒らない。「質問の意味がわかりません」とも言わない。こちらの言葉の足りない部分を察して、むしろ丁寧に補って答えてくれる。
試しに短く「りんご 甘い 品種」とだけ打ち込んでも、「もしかしてお客様への説明用ですか?」というニュアンスで的確な回答が返ってくる。検索エンジンとちがって、こちらの「困っていること」を読んでくれている感じがする。
スマホでLINEが打てる人なら、AIは使える。本当にそれだけだ。

NotebookLMで「りんごのガイド」が一枚の絵になった
次に使ったのが、Googleが提供するNotebookLMというAIツール。
こちらも操作はシンプルで、今回集めた情報を読み込ませると、「りんご品種・選び方ガイド」というインフォグラフィックを自動で生成してくれた。
できあがったのが、上の画像だ。
木のイラストを中心に、サンふじ・王林・紅玉・グラニースミス・ジョナゴールドの特徴がカードにまとまっている。蜜の正体がソルビトールであること、油あがりが完熟のサインであること、皮ごと食べると栄養が豊富なこと。知識が整理されて、一枚の「見せられる絵」になった。
これをプリントしてレジ横に貼るもよし。スマホで見せながら説明するもよし。
お客さんへの説明が、口だけの説明から「ビジュアルで伝える」に変わった瞬間だった。
現場が変わった、という実感
先日、ジョナゴールドを手に取ったお客さんに声をかけてみた。
「これ、表面がちょっとベタっとしてるんですけど、それが食べ頃のサインなんですよ。油あがりといって、完熟した証拠なんです」
「へえ、そうなんですか!知らなかった」
お客さんの顔がパッと明るくなった。ただ「甘いですよ」と言うのと、「なぜ甘いのか」を伝えるのとでは、相手の納得感がまるでちがう。
別の日には、蜜入りりんごを探しているお客さんに、お尻の色と重さの見分け方を説明した。「お尻が黄色くて、同じ大きさなら重い方が蜜が入っている可能性が高いんです」と言うと、「そんな見方があるんですね」と喜んでもらえた。
以前の自分なら「甘いですよ」の一言で終わっていた場面が、今は小さな会話になっている。その積み重ねが、売り場の空気を少しずつ変えている気がする。
AIを使って知識を整理したことで、自分の言葉に根拠が生まれた。それが、お客さんとの会話の質を変えた。
AIを使って広がる、青果の未来
少し大きな話をしたい。
青果の仕事は、長いあいだ「経験と勘」の世界だった。ベテランの先輩が持つ知識は膨大で、どの産地のどの品種がいつ旬を迎えるか、今年の出来はどうか、どの調理法に向いているか。そういった情報は、何年もかけて体に染み込ませるものだと思っていた。
でも今は、その入り口がぐっと近くなっている。
AIに「今週おすすめしやすい野菜を教えて」と聞けば、季節と旬の情報をもとに提案してくれる。「このお客さんは料理が好きそうなんだけど、何を勧めたらいい?」と状況を説明すれば、品種の特徴と調理法をセットで教えてくれる。「子どもが野菜嫌いな家族に向けた売り場のポップを作りたい」と言えば、文章まで考えてくれる。
もちろんAIが全部やってくれるわけではない。最終的にお客さんの顔を見て、声をかけて、手渡しするのは人間だ。でも「知識を持って接する」と「知識なく接する」では、その一瞬の重みがまるでちがう。
りんご一個を売る場面でも、その品種がどこで生まれて、誰がどんな思いで育てて、どんな食べ方が一番おいしいかを知っていたら、それは単なる販売ではなく、小さな物語の手渡しになる。
AIはその「物語」を準備する時間を、劇的に短くしてくれる道具だ。
知ることが、仕事を変える
難しい操作は何もない。
プログラムも書かなくていい。専門用語も知らなくていい。「お客さんによく聞かれること」を、普通の言葉でそのまま打ち込めばいい。それだけで、専門書を何冊も読んだような知識が返ってくる。
強いて言うなら、コツは一つだけある。
「困っていることを、そのまま打ち込む」
それだけだ。きれいな文章でなくていい。箇条書きでも、話し言葉でも、途中で「あとこれも」と追加してもいい。AIは会話の流れを覚えていて、前の質問を踏まえて答えてくれる。まるで物知りな同僚に相談しているような感覚で使えばいい。
りんごの品種改良には20年以上かかることもあるという。スーパーに並ぶ一個のりんごの裏に、それだけの時間と労力がある。そのことを知ってから、棚の前に立つときの気持ちが少し変わった。
生産者が20年かけて作り上げたものを、自分はどれだけ丁寧にお客さんへ届けられているか。AIを使い始めてから、そんなことを考えるようになった。
知ることは、仕事を豊かにする。
そして今は、知るためのパートナーが、スマホの中にいる。
使ったAIツール:Claude(Anthropic)/ NotebookLM(Google) どちらも無料プランで始められます。
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