小塚くんは、入って半年になる。
仕事は早い。というか、妙に早い。青果の仕事って、最初はだいたい手がもたつくものなんだけど、彼の場合はそうでもない。野菜の並べ方も丁寧だし、値札も曲がらない。お客さんに話しかけられても、変にテンパらない。ちょっとだけ腹が立つくらいには、ちゃんとしている。
ただ、ひとつだけ気になることがある。
朝、売り場に出る前、必ず一度だけ売り場をぐるっと見て回る。まるで映画のワンシーンみたいに、腕を組んで少し遠くを見る感じで。たぶん本人は無意識なんだけど、その表情がやけに真剣で、「今日も世界を背負ってるな」みたいな顔をしている。
そして30秒後くらいに、普通にキャベツを運び始める。
あの時間、何を確認しているのかは誰も知らない。でも不思議と、あの30秒のあと、売り場は少しだけ整って見える気がする。気のせいかもしれないが、そういう気のせいは、だいたい悪くない。
まあ、それはいい。今日の話とは少しだけ関係があるようで、やっぱりそんなに関係はない。
その小塚くんが、ある朝こう聞いてきた。
「見切りって、どこまでやったらいいんですか?」
いい質問だと思う。すごくいい質問だ。でも同時に、いちばん答えにくい質問でもある。
見切りっていうのは、傷んできた野菜を売り場から引いて、手直しして、値段を下げて、その日のうちに売り切るための作業だ。簡単に言うとそうなんだけど、本質はそこじゃない。
どこまでやるかは、正解がない。
というより、「正解がない」って言い方も、ちょっと違う気がする。正解はあるんだけど、それは紙に書ける種類のものじゃない。気づいたら体に入っているタイプのやつだ。
だから私はこう言った。
「まあ、いろいろ経験して覚えるしかないよ」
言いながら思った。ああ、これダメなやつだ、と。
この世には、親切そうで何の役にも立たない言葉がいくつかある。「頑張れば報われる」とか「人生、山あり谷あり」とか、そういうやつだ。そして「経験して覚えるしかない」も、その仲間だ。
小塚くんは「そうですよね、ありがとうございます」と言った。
礼儀正しい。そういうところがまた、ちょっと刺さる。
その日の夜、なんだか悔しくて、スマホを開いた。
別に誰かに怒られたわけでもないのに、妙に悔しい夜ってある。理由はよくわからない。でも、冷蔵庫を開けて閉めるくらいには落ち着かない。
私はAIに聞いてみた。
「青果の見切り作業の判断基準を、新人にどう伝えればいいか」
返ってきた答えを読んで、私はしばらく何もできなかった。
うまい、と思った。
すごく、うまい。
内容はシンプルだった。
まず見た目。「自分がお金を出して買うか?」で判断する。
次に触る。柔らかすぎる、ぬめりがある、水が出る。それなら見切り。
最後に値段。「これなら買う」と思える価格にできるか。
そして締めの一言。
「自分の家族に食べさせられるかが、一番シンプルです」
その一文を読んだとき、少しだけ引っかかった。
ああ、これ、知ってるなと思った。
昔、まだ自分が今みたいに偉そうに話す立場じゃなかった頃、先輩がぽろっと言ったことがある。
「迷ったら、自分の家族に出せるかで考えろ」
あのときは「なるほど」と思っただけで、ちゃんと噛み砕けてはいなかった。でも今こうして改めて言葉で見ると、その一言に詰まっていたものの重さがわかる。
私はしばらくスマホを見ていた。
そのあと、意味もなく冷蔵庫を開けて、閉めた。
別に何か食べたかったわけじゃない。ただ、立っていたかっただけだ。そういう時間って、ある。
翌朝、売り場に出る前に少し考えた。
あの答えは確かにうまかった。でも、ちょっとだけ意地悪なことを考えた。
これ、本当にAIが考えたのか?
たぶん違う。
あれはきっと、誰かが長い時間をかけて辿り着いた言葉だ。悩んで、試して、失敗して、それでも誰かに伝えようとして残した言葉。
それが積み重なって、ここにある。
AIはそれを拾って、きれいに並べた。
信じられないくらい上手に。
でも、ゼロから生み出したわけじゃない。
そう思ったら、少しだけ楽になった。
負けたわけじゃない。ただ私は、自分の中にあるものを言葉にしてこなかっただけだ。
感覚でできるようになった瞬間に、説明をやめた。
それは、ちょっとサボっていたのと同じだと思う。
昼休み、小塚くんに声をかけた。
「昨日の見切りの話なんだけど」
彼は少し驚いた顔をした。まあ無理もない。昨日あんな適当なことを言ったやつが、急に続きを話し始めるんだから。
「自分の家族に食べさせられるかどうか、それだけ考えたらいい」
そう言ってから、少しだけ付け足した。
「見た目、触り心地、値段。この順番で見ていけばいい。細かいのはあとからついてくるから」
小塚くんは、少し考えてから言った。
「あ、なんかわかります」
昨日の「そうですよね」とは違った。
ほんの少し間があってから出てくる「わかります」は、本物だ。長くこの仕事をしていると、その違いくらいはわかる。
私はその瞬間、ちょっとだけ救われた気がした。
ちなみに、この言葉の元ネタがAIと昔の先輩の合わせ技だという話はしていない。
それはまあ、主任としての小さな見栄だ。許してほしい。
最近、AIについてよく考える。
「仕事が奪われる」とか、そういう話もよく聞く。気持ちはわかる。正直、最初は私もそう思っていた。
でも今は少し違う。
AIは「整理」がうまい。
散らかったものを集めて、順番をつけて、わかりやすく並べる。それは本当に見事だ。私が一晩かけて悩んだことを、数秒でやってしまう。
ただし、売り場には立てない。
小塚くんの、あの朝の30秒の意味もわからない。
「今日はなんとなく話しかけたほうがいいな」とか、「今日はやめておこう」とか、そういう空気も読めない。
だから、こう思うことにした。
AIは相棒だ。
言葉にできないものを、一度外に出してくれる相棒。
返ってきた言葉を見て、「そうそう、それだ」とか「いや、ちょっと違う」とか言いながら、自分の言葉を磨いていく。
最終的に届けるのは、人間の役目だ。
小塚くんは今日も品出しをしている。
相変わらず丁寧で、たぶんまたどこかで30秒くらい世界を背負っている。
でも見切りの判断は、少しだけ迷いが減った気がする。
気のせいかもしれない。
でも、気のせいに見える変化って、だいたい本物だ。
昨夜も私はAIに質問をした。
「新人に廃棄の判断をどう教えるか」
返ってきた答えは、やっぱりうまかった。
私はまた少し黙って、冷蔵庫を開けて、閉めた。
たぶんこれからも、こういう夜は続く。
まあ、それも悪くないと思っている。


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