「このトマト、甘くなかった」
そういう経験が重なると、人はだんだんトマトへの期待を下げていく。
わかる。わたしもかつてはそうだった。でも青果の仕事を続けるうちに気づいたのは、「外れを引く」のは運じゃないということだ。トマトはちゃんと「読める」野菜なのだ——コツさえ知っていれば。
今日は食に少しこだわりのある人向けに、売り場で本当に使える話をしようと思う。「なんとなく赤いのを選んでいた」という人から、一段上がれる内容だ。
お客さんの一言が、この記事を書かせた
少し前のことだ。
青果売り場の品出しをしていたら、常連のお客さんに声をかけられた。年配の女性で、いつも野菜を見て選ぶ人だ。
「ねえ、トマトってどれを選んでもいっしょよね?どれも同じでしょ?」
わたしは思わず手を止めて彼女を見た。おいおい冗談でしょ?
「いっしょじゃないですよ。同じ値段のトマトでも、全然違うよ」
そう言って、その場でトマトを二個取って持ち比べてもらった。一方はずっしり重く、もう一方は拍子抜けするほど軽い。同じパック、同じ値段だ。
「こんなに違うん?」
そのときの顔が忘れられない。え!?って言う感じだったw
トマトを選ぶ技術は、知っているか知らないかだけの差だ。経験や勘じゃない。ポイントを押さえれば、誰でもわかる。今日はその話をしよう。
「追熟トマト」と「樹上完熟トマト」——この違いを知っているかどうかで全部変わる
まずここを押さえてほしい。
スーパーに並ぶトマトには、大きく二種類ある。
一つは「追熟トマト」。緑かかった未熟な状態(ブレーカー期)で収穫して、輸送中や専用の追熟庫で赤くしたもの。流通の都合上、これが多数派だ。悪いものではないが、木でじっくり積み上げた甘みと旨みには及ばない。
もう一つが「樹上完熟トマト」。文字どおり、植物体についたまま十分に熟させてから収穫したもの。近郊農家直送品や、産地表示がしっかりついた高単価帯のトマトに多い。
わたしが仕入れの検品をしていると、同じ「完熟トマト」という表示でも、箱を開けたときの香りが全然違うことがある。樹上でしっかり熟したものは、箱を開けた瞬間にトマトの青い香りとあの甘い匂いが混ざった、独特の香気が漂う。追熟庫で赤くなったものは、その香りが薄い。
香りまで嗅げるのは売り場でパックに入ったものには難しいが、バラ売りのトマトならヘタ近くに鼻を近づけてみるといい。香りが強いものほど、期待できる。
売り場に立ってこの二種類を完全に見分けるのは難しい。それでも「どちらに近いか」を読む手がかりはある。それが、これから話す見分け方のポイントだ。
売り場で「当たり」を引く——プロが実際に見ている5つのポイント
■ ① ヘタの状態——鮮度の一丁目一番地
ヘタは野菜の中でも劣化が早いパーツだ。収穫からの時間が正直に出る。
鮮やかな緑でピンと上を向いているものを選ぶ。黄色く変色している、しんなりと垂れている、乾燥してカリカリしている——これらはすべて鮮度低下のサインだ。
新人のパートさんに商品チェックを教えるとき、わたしはまず「ヘタを見てね」と言う。そこだけ見ていれば、鮮度の悪いものを売り場に出すミスはほぼ防げる。逆に言えば、それほどわかりやすい指標だということだ。
ただし「ヘタがきれい=美味しい」ではない。あくまで鮮度の目安。ここで足切りして、次のポイントに進もう。
■ ② おしりの色——熟度を読む
花落ち部(おしり)に黄緑色が残っているトマトは、追熟が均一に進んでいない。おしりまでしっかり赤く色づいているものが食べ頃だ。
売り場でひっくり返して見る人は少ないが、これが実は重要なポイント。わたしは検品のときに必ずここを確認する。おしりが赤くないトマトは、食べるまでに数日かかることが多い。
急いで今日食べたいなら、おしりまで赤いもの。数日かけて食べるなら、少し黄緑が残っているものを選んで家で追熟させてもいい。目的によって使い分けられると、トマトの楽しみ方の幅が広がる。
■ ③ 重さ——中身の充実度を測る
同じサイズなら、重いほうを選ぶ。これは絶対だ。
重さは糖分と水分の蓄積量に比例する。軽いトマトは中がスカスカだったり、種周りのゼリー部分が少なかったりすることがある。
先ほどのお客さんに持ち比べてもらったのも、このポイントだ。コツは同じパックの中で比べるのではなく、異なるパック・異なる産地のものを持ち比べること。意外なほど差がある。
「重いほうを選んでいいの?」とよく聞かれるが、もちろんだ。答えはYESだ。
■ ④ 皮のツヤと張り——水分保持の証拠
皮がしわしわになってきているのは、収穫後に水分が抜け始めているサインだ。ハリがあってツヤツヤしているものを選ぶ。
打ち身による黒ずみ、表面の割れ目は論外として、「なんとなくくすんでいる」トマトも避けたほうがいい。皮のくすみは鮮度低下のごく初期に出るサインだ。気づいている人は少ないが、これを見ているだけで精度がかなり上がる。
ちなみにわたしが売り場の品質チェックをするとき、遠目から見てくすんでいるパックがあれば、そのパックはすぐに引っ込める。近寄って確認するまでもない。それくらい、くすみは正直なサインだ。
■ ⑤ スターマーク——これを知っているかどうかがプロとの差
ヘタのつけ根付近をよく見てほしい。白い筋が星型に放射状に入っているトマトがある。
これを「スターマーク」と呼ぶ。
スターマークは、トマトが十分な栄養と日射を受けて育った証と言われている。くっきりと出ているものほど糖度が高い傾向があり、食べてみると甘みの乗りが違う。全部のトマトに出るわけではないし、品種によっても差があるが、同じ値段・同じ見た目なら迷わずスターマークのあるほうを取る——それがわたしのルーティンだ。
売り場でこれを探している人は、正直ほとんど見たことがない。だから教えたくなる。
品種で選び方は変わるか——ミニトマト・フルーツトマト・桃太郎の話
「大玉・中玉・ミニで選び方は同じですか?」とよく聞かれるので、補足しておく。
基本のポイント(ヘタ・おしり・重さ・ツヤ・スターマーク)はどの品種にも共通して使える。ただ、品種ごとに「味の方向性」が違うことは知っておいてほしい。
桃太郎系(大玉の定番)は、酸味と甘みのバランスが取れた万能タイプ。生食にも加熱にも向く。
ミニトマトは糖度が高い品種が多く、甘みを求めるなら大玉より当たりやすい。皮の薄さと弾力もポイントで、パックを傾けたときにコロコロとよく転がるものは弾力があって鮮度がいい。
フルーツトマト(高糖度トマト)は、栽培時に水分をわざと制限して糖度を上げたもの。小ぶりで皮がしっかりしていて、少し皮がかたく感じることもあるが、甘みは別格だ。値段が高いのは理由がある。
【番外編】「今日は見た目が今ひとつ」——それでも買う場面がある
完熟が進みすぎて、売り場的には「今日中に売り切りたい」状態のトマトがある。
見た目は少しくたびれている。張りも落ちている。でも、わたしはこれを見ると「今夜パスタだな」と思う。
完熟を過ぎたトマトは加熱すると旨みが爆発する。グルタミン酸が凝縮されているからだ。オリーブオイルで炒めて、コンソメと塩だけで煮詰めれば、市販のソースでは出せない深みのあるトマトソースになる。見切り価格で手に入ることも多いし、生食には向かなくなった段階こそが加熱調理の旬だとわたしは思っている。
以前、仕事終わりに見切り品のトマトを数個まとめて買って帰り、その夜ソースを作ったことがある。仕事で散々トマトを触った日に、帰宅してまたトマトを煮ている自分がおかしくなって、一人で笑いながら鍋をかき混ぜた。それくらい、完熟トマトのソースは作る価値がある。
「美味しいトマトを選ぶ」と「トマトを美味しく使い切る」は、少し違う話だ。その両方を知っていると、売り場でのトマトとの向き合い方が変わる。
あと、何年か前にいた店でのことで、私が棚出しをしているとお客さんが、「トマトジュースにオリーブオイルと黒酢を少し入れて毎日飲んでみな。健康になるし髪の毛が若々しくなって白髪も黒くなるけ!」と。私は髪が健康的になるなら飲んでみたいと思い、試しにトマトジュースとオリーブオイルと黒酢を買って言われた通りに飲んでみたが、まずくて飲めたものじゃなかった。たとえ健康に良いとは言われ、私はそれっきりそれを飲むのはやめた…でもみなさん、若々しい髪を取り戻したいなら試す価値はあるかもです。
まとめ——3秒で使える「売り場チェックリスト」
今日の話を一枚に圧縮するとこうなる。
- ヘタが緑でピンとしているか(鮮度の足切り)
- おしりまで均一に赤いか(熟度の確認)
- 同サイズで持ち比べてずっしりするか(充実度の確認)
- 皮にツヤと張りがあるか(水分保持の確認)
- スターマークが出ているか(糖度の目安)
全部クリアしていれば、まず外れない。一つや二つ欠けていても、ほかが揃っていれば十分だ。完璧なトマトより、「今日の中で一番いいトマト」を選ぶ感覚で使ってほしい。
トマトは「なんとなく赤いのを取る野菜」じゃない。同じ売り場、同じ値段の中にも、明確に差がある。それを楽しめるようになったとき、八百屋やスーパーの青果コーナーが少し違う場所に見えてくる。そう、小さい頃によく行ったプラモデル屋で何時間も眺めていた子供になったみたいに。
わたしはその面白さを、これからも伝え続けたいと思っている。


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